熊本日日新聞コラム「きょうの発言」記事
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ダム 複雑な市民感情


 球磨郡水上村の岩野小学校の取材をした時のこと。「ここでは、アユを素手でつかまえることができるんです。川エビもいるんですよ」と、学校の裏を流れる球磨川の支流のことを宝物のように話された。
 夏になると、川遊びに興じる子どもたちの歓声が聞こえるというその岸辺は新緑の季節を迎え、鮮やかな緑。水は澄み、さらさらと流れていた。
 四月の統一地方選では、「川辺川ダム問題」などを争点に人吉市は県議選、市長選と激しい選挙戦だった。そして、五月。市長選も現職が当選したということもあって、何事もなかったかのように静かな日々に戻った。
 「川辺川ダム問題」がこれほど注目されるようになったのは、いつのことからだろう。人吉市やその周辺地域に住む人々の意見もダム賛成、反対で二つに割れている。特に選挙の時には、だれかとだれかが話をしていても、お互いがどちらの考えなのかと腹の探り合いをするというような場面に何度か遭遇した。ダム問題が生んだ悲しい市民感情だ。
 選挙がダム推進派の勝利で一気に建設に拍車がかかると思っていたら、今回の川辺川利水訴訟の原告逆転勝訴、国の上告断念で、それもまた、分からなくなった。今後どういう展開になるか分からないが、市民感情がますます複雑になりはしないか心配だ。
 人吉・球磨地域は、これからどう変わっていくのだろう。ここで暮らす人々がT敵、味方Uのような状況で、大きな発展が期待できるのだろうか。だれもが納得できる答えは見つからない。けれども、次世代に残す古里づくりは、ここで暮らすみんなが同じ思いで進めたいものだ。さらさらと流れる水のように透明な心で。

(平成15年(2003年)5月22日(木曜日) 熊本日日新聞 夕刊「きょうの発言」 文:有地 永遠子)

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